レーシックの後遺症は一時的


レーシックの後遺症は一時的ブログ:19-09-17


ボクの知っている祖母は、
痴呆症で、物忘れだけではなく、徘徊もした。
まるで赤ん坊のようだった。

介護に興味のあるボクにとって、
祖母のお世話をするのは経験となった。
一緒にお金を数えてみたり、お手玉を作ったりした。

何も反応のない毎日ではあったが、
手を差し出すと祖母は、ぎゅっとボクの手を握り返してくれた。
その手からはぬくもりも感じられた。

「おばあちゃんには、うちの息子たちがお世話になったのよ」
葬式に来てくれた親子連れたちが、クチを揃えてそう言った。

ふと気づくと、葬式には、
今までに会ったこともない人たちがたくさん来て下さっていた。
祖母はタレントだったとでもいうのだろうか?

葬式の終わりに
祖母の思い出の写真が映し出された時、
ボクは初めて祖母の偉大さを知った。

写真の祖母は、
ボクの知っている祖母とはどことなく違い、
自信に満ち溢れていた。

まるでヒマワリのように背筋を伸ばし、
いきいきとしていた。

祖母の腕の中には、
生まれて間もない赤ん坊がいた。
優しくつつみ込み、お風呂にあげていた。

ボクはまた涙がこぼれた。
助産婦をしていた頃の話をしてもらいたかったと
悔やんだりもした。

でもボクはその写真を見て、
あんなに笑顔に満ち溢れ、
赤ん坊に接する祖母に憧れを抱いた。

祖母は、助産婦という仕事を苦には思っていなかったと思う。
たくさんの息子に出会い、お世話が出来て幸せだっただろう。

痴呆になったのも今思えば、
助産婦を辞めてからだったはずだ。

そんな祖母は、
ボクたち孫やむすこの名前を忘れてばかりいたが
自分がお世話した赤ん坊の名前を言えば、
無口な祖母がその時だけはお喋りが止まらず、
語っていたのを覚えている。

骨盤矯正について
http://www.slimloiner.com/

還暦 プレゼント 母の専門です
http://kanreki-oiwai-land.com/ranking/woman/

六本木 結婚式場
https://www.andaztokyo.jp/wedding/

dwe リニューアルの案内
https://blog.goo.ne.jp/dwe_kosodate/e/09742a6de95c62f7a4e33ebda237af71

川元弓子はこちら
https://plus.google.com/114703031910863095085/posts